迫り来る経済危機における万人のための救済措置

Adam Parsons

再びグローバル金融危機が起こる時、私たち自身が政治的リーダーシップの役割を担わねばなりません。それは、世界中で万人のための救済措置への統一した要求に集中した下方からの大規模な市民動員を必要とするでしょう。


2008年の大経済危機以来まる10年が経過し、最近多くの革新的思想家が、戦後最悪の国際金融危機の前兆となった投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻のあの宿命的な日の結果について内省しました。誰から見ても明らかなことは、その教訓が習得されておらず、現在金融セクターは今までになく巨大で支配的であり、そしてさらに大きな経済危機がいつでも起こり得る軌道にあるということです。しかし真の問題は、今度それが起こったら、人と地球のための救済を達成する可能性はどうなのかということです。

前回のグローバル金融危機以来、その直接的原因が絶えることなく分析されてきました。それは、無謀なサブプライム住宅ローンと規制不足のシャドー・バンキング・システムによって大部分が煽られた米不動産バブルの崩壊が中心でした。不動産ブームおよびクレジットブームをもたらした投機的貪欲と政府の怠慢な監督に対しての証拠のすべてである – 債務担保証券、クレジット・デフォルト・スワップおよびその他の金融革新の内破にメディア解説は固執しました。

金融化」という言葉は、国内およびグローバル経済の運行のなかで起こる金融市場の大幅に拡大された経済の役割を指した、危機要因を説明するための業界用語となりました。それは、大銀行やヘッジファンドの成長に関係するだけでなく、短期趣向型、利益趣向型論理を持つ金融セクターの拡大する支配の結果起こった社会全体の根本的な変革に関係しています。

問題の根源は、米政府がドルと金の兌換停止を決定しブレトンウッズ体制を正式に廃止した1970年代初頭に遡ります。それは、変動相場、自由貿易および国境を超えた奔放な資金移動の新体制の始まりを告げました。サッチャーおよびレーガンの政権のもともたらされた全面的改革は、「自己調整的市場」に対する最小限の防壁を持って規制緩和および民営化の急増を激化しました。

その計略が殆どのグローバル・ノース諸国の政府によって著しく促進された一方、国際通貨基金および世界銀行の悪名高き「構造調整プログラム」を通してそれは多くのグローバル・サウス諸国で強制されました。大量の書物が、新自由主義的ワシントン・コンセンサスとして軽蔑的に烙印を押された、財政・金融政策におけるこの市場主導型アプローチの悲惨な結果を分析してきました。低インフレ維持、そして資本および企業への規制削除に政府が固執するようになると同時に金融分野は沸き立ちました – そして2008年劇的な終局の基礎が敷かれたのです。

失われた機会

この大危機直後の余波について驚くべきことは、過去20年間を支配してきたこれらの政策の一時的転換です。2009年4月ゴードン・ブラウン英首相が夕食会を主催したG20サミットにおいて、各国首脳らは、発展国および途上国双方での大規模な財政刺激策などケインズのマクロ経済学処方への復帰を考察しました。ワシントン・コンセンサスが突如全合法性を消失したかのように見えました。効果的な国家規制および民主主義的監督のない自由化されたグローバル金融システムは、発展途上諸国への純資源移転の提供、または不安定さと危機再発の防止に明らかに失敗していました。

多くの市民社会組織は、ブレトンウッズ体制の根本的な改革、そしてまた、経済における国家の役割の完全な再考を要求する機会を見いだしました。自由化されたグローバル金融システムは、効果的な国家規制および民主主義的監督なくして、発展途上諸国への純資源移転の提供、または不安定さと危機再発の防止に明らかに失敗していました。国際資本の流れを再規制し政策の多様性と多国間主義を中核的原理として支持する(IMFの疑わしいアプローチとは対照的に)新たなブレトンウッズ協定を交渉するという話さえありました。

国連はそのような要求、特に、ノーベル賞受賞者ジョセフ・スティグリッツに率いられ当時の国連総会議長ミゲル・デスコト・ブロックマンによって設置された委員会を通して「世界金融・経済危機とその開発への影響に関する国連会議」がグローバル経済改革のなかでより大きな影響力を途上国に与えるかたわら、危機の影響から底辺層を守るため数多くの賢明な措置を提案しました。

その同じ頃、国連事務総長は、経済的回復を刺激し、貧困と戦い、そして同時に危険な気候変動を回避することのできるグローバル・グリーン・ニューディールを承認しました。それは、発展途上諸国および新興工業国で生活する何百万人もの人々のより大きな利益のためにグローバル経済を変革する時が来ていると主張し、直接的公共投資や国際的に協調された介入などの大規模なプログラムを見通しました。

金融混乱への対応として、グローバル優先事項の本格的な再調整の実施を国家が要求されたのはこれが初めてではありません。1980年「第三世界」債務危機の始まりにおいてウイリー・ブラント元西ドイツ首相が開催した国際開発問題に関する独立委員会はまた、グローバル経済システムを改革し世界の貧困者へ救済措置を効果的に施すための遠大な緊急対策を提案しました。

それにもかかわらず、ブラント委員会の提案は当時の西洋諸国政府に広く無視されました。それは、マクロ経済政策に対する新自由主義的反革命および30年後の金融崩壊をもたらした状況のすべての出現を告げました。そして再び政府らは、公正性、正義、分かち合いおよび人権の原理基盤の持続可能な経済回復をもたらすこととは正反対の方向に向かうことによって対応しました。

崩壊する世界

私たちは皆、2008年から2009年の措置についてよく知っています:それは、納税者のお金を使用したにもかかわらず、負債者でなく貸し手にとって有利な、(公の協議なしで)実施された大規模な銀行救済措置です。グローバル金融システムに何兆ドルと注入し、新たな投資的投資の急増、そして収入および富のさらに広がる格差を解き放った量的金融緩和(QE)プログラム。そして危機に対して知覚された非難は過剰な公共支出に向けて歪められ、殆どの国に広げられた緊縮財政政策をもたらしました – それは、2020年までに世界人口の80%近くに影響を与えると予測される「10年間の調整」です。

確かに、その後のヨーロッパ全体の政策対応はやはり同じように、貸し主である市中銀行への支払いが、社会的・経済的回復確保のための措置より優先されたところの、1980年代と1990年代に発展途上国に強制された構造調整プログラムにしばしば比較されました。この同じパターンが、もともと危機の原因に対して最も責任のない最貧困者が、極端な緊縮財政と公有財産およびサービスの民営化を通して代償を払うところの、危機に打ちひしがれたすべての地域で繰り返されてきました。

10年間続いたこれらの政策の結果、2日ごとに億万長者が一人産出されており、銀行はいまだ毎年何十億ドルものボーナスをだし、世界人口のトップ1%は危機前より裕福になっています。同時に、世界の収入格差は1820年レベルに後戻りし 極貧および栄養失調防止におけるプログレスは現在後退していると指標は示しています。

実に、シリア、リビア、イエメンにおいて最も劇的に – 2008年の経済的余波に根ざした紛争に推進された危機が大部分原因の、第二次世界大戦以来最悪の人道危機的状況に国連は見舞われ続けています。グローバル・ノースおよびグローバル・サウスの政府が、国際協定および国際制度を通して協力的対応することに予想通り失敗している、記録的な難民激増に囚われ続けています。 

多くの場合、蔓延する不平等と広範囲にわたる一般労働者の間の不公平感に対する誤り導かれた反応として、おおよそすべての社会で激化しているファシズムおよび分裂的ポピュリズムの出現については言うまでもありません。これらすべての動向は、国際社会が10年前の機会をとらえもっと公平な世界秩序への公正な移行への要求に従い行動していたなら、悪化していなかったはずです。

最悪の事態はまだこれから

現在私たちは、政治的に宙ぶらりんの奇妙な時代に生きています。新古典派経済学は、大危機を予測すること、または持続した経済回復のための答えを提供することをできなかったにもかかわらず、いまだ伝統的な学術的思考にしがみついたままです。新自由主義もまた、支配的な政治的・経済的パラダイムとして疑わしいにもかかわらず、IMFやOECDのような主流機関はいまだ自由市場正統派的信仰の原理を受け入れており、意味のある代替策にまったく賛同していません。結果的に、グローバルレベルで合意された新たな規制上の取り組みは主に自主的かつ不十分であり、政府は、寡占銀行の勢力に対抗するためにも、やみくもな投機的振る舞いを防ぐためにも、ほとんど何もしていません。

銀行は、比較的安全でさらに大きな危機対策を備えているかもしれませんが、2010年28兆ドルから2018年45兆ドルへと増大しそのサイズをとてつもなく拡大した規制されないシャドー・バンキングへと主にリスクは移行しています。JPモルガンのような大銀行さえが、高頻度取引(一秒の100万分の1の速さで行われる取引)が世界株式市場の突然の下落をもたらす、デジタル「フラッシュクラッシュ」が原因となるかもしれない迫り来る危機をあらかじめ警告しています。

もう一つの可能な原因は、142兆から2008年以来250兆ドルへと急上昇した世界的負債の激増です。それは、すべての国の歳入総計額の3倍です。簡単に調達される資金およびクレジットのもと世界市場はまわっていますが、それは惨事的結果なくして無限に続くことはできないと政治的領域全体で経済学者が同意するところの負債の蓄積をもたらしています。この問題は、西洋諸国での低金利および緩和政策への反応として短期資本が流れ込んだ新興国や途上国で最も深刻です。米国および他の富裕国が再び金利を徐々に上げ始めると同時に、極貧国において新たな債務危機を引き起こす可能性のある、新興市場からの大規模な資本移動の危険があります。

しかしながら、その新興諸国のなかでも最大の懸念は中国です。経済崩壊後の中国のクレジットに煽られた拡大は、大規模な過剰投資と国家債務をもたらしました。加熱した不動産セクター、不安定な株式市場および規制されないシャドー・バンキング・システムを持って、次の経済内破の場所となるかもしれない最有力候補です。

しかしながら、今回の経済崩壊が遥かに酷いものになり得ることはすべての証拠が示しています。これまで以上の預金、資産および現金を保有する米大手銀行を持って、「大きすぎて潰せない」は危機的問題として残ります。そしてG10の中央銀行の史上最低金利を持って量的金融緩和の蛇口がいまだ開いたままであるかたわら、先進諸国および発展途上諸国には、再度の衝撃に対応するための政策・財政の余地がほんの僅か残されているのみです。

何よりも中国および米国は、2008年に世界恐慌の回避を助けた中央銀行の同じ断固たる措置をとる立場にありません。そして 、 多国間主義からの後退、確立された知性政治学的な構造および関係の崩壊、世界の政治制度の断片化および分極化などの – 同調された国際的対応を弱める現代政治の要素のすべてがあります。

グローバル協定を無謀に撤廃し貿易戦争を引き起こしている米大統領の就任から2年が経過した現在、1930年代に世界大戦をもたらした危機的経済状況の再発を恐れたリーダーたちが、保護主義関税政策の道には決して戻らないと誓ったところの、2009年のG20の集まりの再現を想像することは容易ではありません。トランプ政権の国内政策が、ドッド・フランク法と消費者保護法を後退させウォール街とワシントンD.C.の間の回転ドアのスピードを増すことによって金融セクターのさらに大きな自由化を促進していることを考慮すると、また特に不安を煽ります。

下方からの動員

このどれも落胆や失望の元になる必要はありません。財力を公衆のマスターでなく召使いとして大衆の管理下におく、より良い社会のための新意識とエネルギーを大危機は開いています。世界の相互連結した危機の殆どに内在する源だと、さらに多くの人々が気づき始めている金融化によってもたらされた問題の取り組みに集中する、多くの異なったムーブメントと運動が危機後の時期に産出されました。これらすべての発展は非常に重要ですが、この出現しつつある政治的意識は、次の危機においてその真価が試されるでしょう。
 

29兆ドルを超えると米連邦準備制度が推定する – 2008年から2009年の世界的銀行救済措置後、万人に必需品を提供できないと政府が主張することはもはや不可能です。その額の僅か一部だけでも、1日1.90ドル以下で生活する世界人口の10%の所得貧困を根絶するために十分でしょう。主要な発展国の中央銀行によって直接金融市場に投入されてきた何十兆ものドル、ユーロ、ポンドそして円が、「人々のための量的金融緩和」の形態に転換されることが可能であった、富裕者に都合の良い後退的分配形態を構成していることは言うにおよびません。

このような規模の政府の優先事項の転換が、政治的階級によって先導されることは明らかにないでしょう。既に彼らは機会を逃しており、公共部門の再構築や必需品およびサービスの普遍的提供でなく短期的利益の最大化に極度の関心を持つ貪欲な勢力から大幅に恩義を受けています。大危機とその余波は世界の協力的対応を必要としたグローバル驚異であったにもかかわらず、悲惨にも政府のランク内から肝心なビジョンが欠落していました。もし金融危機が再びさらに酷い異なった形で起こるなら、政治的リーダーシップの役割を私たち一般人が担わねばならないでしょう。それは、世界中で万人のための救済措置への統一した要求に集中した、下方からの大規模な市民動員を必要とするでしょう。

2011年と2012年を通しての大衆蜂起から多くのインスピレーションを得ることができますが、世界の大多数派である貧困者のニーズを配慮した、真に国際的視野を伴った明瞭な戦略なくして、アラブの春やオキュパイ運動は変革への勢いを持続することはできませんでした。それがなぜ、十分な食糧、住居、医療および社会福祉サービスへのアクセス – 尊厳ある生活に必要な最低限のニーズへの万人の権利を宣言する世界人権宣言第25条のまわりに、私たちの声を融合させるべきだということです。

日夜続行するすべての国での止むことのないデモンストレーションを通して、第25条の世界的実現への結束した要求は、遂に最高レベルで協力し合い相互利益基盤の国際経済システムの規則への書き換えを政府にやむなくさせるかもしれません。国際金融・経済秩序全体の崩壊に続くそのような無数の人々の草の根的動員は、前述のブラント報告またはスティグリッツ委員会による国連アーカイブに長期間忘れさられた提案を、私たちが蘇生させる最後のチャンスかもしれません。

アイスランドのケースは、2009年あの国を席巻した「鍋とフライパン革命」に続いてどのように人々の救済措置が達成され得るかということの事例として広く思いだされています。公衆の要求の結果、新連立政権は、緊縮財政政策の回避、資本市場への活発な介入、そして底辺層のためのソーシャル・プログラムの強化を通して動向のすべてに抵抗することができました。その結果、腐敗した銀行の失態を社会全体で償うことを強いられることなく達成されたアイスランドの経済回復は素晴らしいものでした。しかしそれでも、古い支配的政党の権力への最終的帰還、そして危機を生んだ新自由主義政策へのその支持の復活を防ぐには十分でありませんでした。

それでは、もしまた全体におよんださらに大きな銀行セクターの崩壊がアイスランドだけでなく、世界のすべての国で起こったらどうしたら良いのでしょうか。それは、共通目標を持った平和的デモンストレーションの波に全地球が呑み込まれるまで、すべての国の人々と政治的信念によって再現される鍋とフライパン革命を私たちが必要とする時なのです。かつてオキュパイ占拠地に生命を吹き込んだ善意と耐久力の大規模な復活だけでなく、今回は、第25条の実現と世界資源の分かち合いへの包括的かつ普遍的な要求に集中することをそれは要求するでしょう。

幻滅した人口のそのような目覚めを想像することは、「世界のすべての人のためのより良い生活基準」という国連の創設理念復活への道を、キリストのような先見的リーダーが指し示すことを期待できるかのごとく突飛に聞こえるかもしれませんが、残念なことにこの経済的大混乱と無秩序の時代において、それ以外の行動では十分でないかもしれません。だからこそ、これから起こるであろうクライマックスに向けて私たち全員準備しましょう。


アダム・パーソンズはSTWRの編集長です。コンタクト: adam [at] sharing.org

Image credit: eyewashdesgin: A. Golden, flickr creative commons

Filed under:

We use cookies in order to give you the best possible experience on our website. By continuing to use this site, you agree to our use of cookies.
Accept
Reject
Privacy Policy