道徳的、人道的、また単に経済的な観点からであっても、21世紀の政府にとって第一の優先事項は、世界中で剥奪が命を脅かす状況を緊急に阻止することであるべきです。

私たちが行動を怠る毎日、その多くが低・中間所得国に住む4万人の人々が回避可能な貧困から恐らく死んで行くのです。私たちが分かち合いの原理を地球危機への対応の中心とすることに真剣であるなら、世界再建設のプロセスのまさに最初のステップは、確実に、飢餓や貧困による不必要な死のすべてをなくすための緊急援助国際プログラムでなければなりません。
政府の巧みな言葉は、発展途上国での極端な剥奪防止を支援するためにすでに多くがなされているとほのめかすかもしれませんが、それは現実から程遠いのです。ほとんどの寄付国が海外援助に僅かGDPの0.7%を提供するという長期間同意されてきた誓約を依然として成就できない一方で、政府開発援助(ODA)にはその効果を激減させる金融規制と政策の「コンディショナリティ」が関与し続けます。また援助として富裕国から貧困国へ送られる比較的僅かな総計のうちほんの一部(全ODAの僅か8%)が人道緊急事態に対応するために使われるに過ぎません。
命を脅かす貧困をグローバルな非常事態として考慮し、すでにそれに応じて予防可能な危機に対処していてもよい頃です。自然災害や紛争などの緊急事態で1人が死ぬのに対し、貧困関連の原因から200人が死んでいます。したがって、人道緊急事態が必然的に何を伴うのかという概念を広げ、生命と尊厳への基本的権利を満たし、水、衛生、食料、住居、医療という最小限の必要条件へのアクセスを、痛切な経済的剥奪に苦しんでいる人々のために保証するよう取り決めるべきではないでしょうか。
グローバルな人道救急事態
貧困の構造上の原因は複雑で本質的に政治的であり、それらに取り組むことはグローバル経済を統治する政治と体制への遠大な変革を必要とするでしょう。長期的に貧困削減と開発のための責任は強固な公共部門と再分配税制を築く必要のある各国政府にかかっており、外国援助は国内資源の動員の代替となるべきではありません。しかし無数の人々が生命を脅かす貧困状態に直面する一方で、発展途上国はこれら構造上の変革が起こるのを待てる状態ではありません。グローバル・コミュニティの国々は、今日の命を救うためにより大胆な一歩を踏みだし、極度の剥奪をなくすことが緊急に必要です。そして世界の指導者たちの言い訳にもかかわらず、そうすることは極めて実際的で経済的に可能なことなのです。
STWRレポート「グローバルな分かち合いの経済に出資する」で要約されるように、世界の最も剥奪された地域で貧困と飢餓の最悪の影響を軽減することを支援するため、4、5兆ドルを政府が迅速に動員することを可能にする多くの進歩的政策選択があります。多くの国連組織、何千ものNGO、そして多くの場合極めて資金不足の人道機関の数多くを含む、不可欠な人間のニーズのための余剰財源の利用に必要な体制構造、能力、専門知識が現存します。
主要な国際優先事項として世界の貧困者へ必需品を提供するために、政府間緊急プログラムが開始できないという言い訳はありません。国連加盟国からの十分な支持をもって、そのような前例のないグローバル行動計画が比較的短時間で国連総合総会を通して開始されることが可能です。さらに、既存の政治経済の骨組み内で、外国援助予算に頼ることなく富裕国から貧困国へと必要な財源の再分配の組織化が可能です。
グローバル・サウスの貧困帯と都市中心部に集中することを避けれないとしても、救援活動は発展途上国と同様に裕福なOECD国内でも万国共通の必要性のもと同調しておこなわれることが可能です。同様に、食料分配、設備提供、技術支援において人道機関を助力するための軍事要員を含んだプログラムへの財源やさらなる戦略資源をどの政府であっても提供することができます。
このような性質の外国援助の取り組みは、明らかに飢餓や貧困の包括的解決策とはならないでしょうが、どのような形態の福祉の提供も、また適切な健康状態・労働条件および基本的ニーズを満たすための十分な購買力をももたず生存する何百万の人々のための命綱を提供することは可能です。1980年代初頭、世界の指導者たちが富裕国から貧困国への基金の「大規模な移動」のためのブラント委員会の提案を考慮していた時、グローバル経済の分かち合いのそのような戦略を実現する必要な政治的意志が、残念ながら欠如していました。しかし、人道危機の規模は今日ますます広がっています。もし政府と市民社会がこの道徳的暴挙を断固として根絶したいのであれば、私たちが同じレベルの政治的および大衆的無頓着を続行できる状況ではないのです。
上記は「グローバル経済の分かち合い入門」からの抜粋です。